第四章 教訓と提言
目的に関して
本件評価調査では、便宜的に擬似プログラムを設定した上で、日本のボリビアへの基礎生活分野協力を評価した。しかし、実際には、評価対象期間当時、日本の同分野協力の指針を示すような基本的な考え方は明確ではなく、同分野協力の全体的な目的を達成するために、援助効果をより高める工夫はあまりなされなかった。本件評価調査で設定した同分野協力の疑似プログラムは、保健医療、教育、水と衛生の3つセクターの協力案件の集合体となったが、本来ならば同分野協力の基本的な考え方に基づいて協力プログラムが計画されるべきだった。このように、ボリビアでの同分野協力のあり方を再検討することが必要である。
感染症、水不足、教育機会の不足など、人間への直接的な脅威に対処するためには、グローバルな視点や国・地域レベルでの視点とともに、個々の人間に着目した「人間の安全保障」の視点で考えることの重要性が近年提唱されている。この「人間の安全保障」の概念は、日本のODA中期政策や2003年8月に改訂されたODA大綱に盛り込まれ、日本の援助政策の基本方針になっている。基礎生活分野協力のあり方を再検討する際には、人間を中心に据えた支援のあり方「人間の安全保障」の概念を参考にすべきである。例えば、人間を中心に据えた援助として、基礎生活分野協力の受益者とその範囲や規模を明確にする。受益者を設定する際には、所得(または貧困レベル)や民族などの社会経済的特徴を考慮する。さらに、JICAボリビア国別援助研究会報告書が指摘するように、人間の安全保障の視点から、保健医療、水・衛生、教育セクターの社会開発に援助を集中させるのではなく、雇用機会の創出や職業訓練など、貧困状況から脱出し、生計を維持する能力の向上にも協力することも重視すべきである。これらの点を検討した上で、対ボリビア基礎生活分野協力の基本的な考えを打ち出すべきである。その下に各セクターの目標を設定し、地域的展開や時系列的な流れを考慮した、日本の特徴を生かした基礎生活分野の援助計画を検討する。
計画過程に関して
援助効果を高めるために、上述の様な過程を経て、同分野協力への取り組みの基本的な考え方を取りまとめ、それを協力の案件計画・形成の指針とすることが望ましい。
本件評価調査対象となった地方地下水開発計画、小学校建設計画、サンタクルス医療供給システム計画などの事例に見られるように、協力の効果を高めるためには、ハード面とソフト面の両方からの協力が必須である。ボリビアの場合、全般的に教育レベルが今なお低いことから、協力が終了した後、ボリビア側が引き続きプロジェクトを運営管理する時点で問題が生じる可能性が高い。そのような問題を未然に防ぎ、無償資金協力による社会インフラ整備の効果を向上させるには、技術協力によるソフト面の協力は重要である。
日本の協力スキームでは、大型案件の計画・承認の過程には数年の時間を要する。このため、無償資金協力による社会インフラ整備案件の計画・形成時には、技術協力案件の計画・形成を同時に検討することが望ましい。こうすれば、案件形成時の待機時間を節約し、無償資金協力事業の終了に合わせた技術協力案件の導入が可能になる。その際には、プロジェクト方式技術協力(現在の技術協力プロジェクト)等、専門家、青年海外協力隊の派遣だけでなく、国別特設研修や第三国研修などの研修事業、2001年度からボリビアへの派遣を開始したシニア海外ボランティアの派遣も考慮に入れる。
水と衛生セクターでは、無償資金協力と草の根無償資金協力の連携により、地域的な広がりを考慮した援助が行われた。これは、旧ODA大綱とODA中期政策でも重視している、援助形態の効果的な組み合わせの優良な事例である。無償資金協力で実施された小学校建設計と草の根無償資金協力で実施した小学校建設や改修も、同様に協力スキームをうまく組み合わせ、協力効果を高めた。今後も草の根無償資金協力を戦略的に活用し、無償資金協力やプロジェクト方式技術協力等と組み合わせ、地域的な広がりを目指した協力を展開するべきである。特に保健医療セクターでは、日本の支援で建設された病院と草の根無償資金協力による診療所建設や医療機材整備をうまく連携させ、一次・二次レベルの地域医療を充実させることが望ましい。
複数のドナーと事業を分担し、広域の協力を効果的に実施した予防接種拡大計画の事例や、世界銀行や社会投資基金の上下水道整備事業と現場レベルで調整・協調して、効果的な協力を行った地方地下水開発計画の事例に見られたように、他ドナーと役割分担や協調を行うことにより、日本の援助効果がより高めることができる。今後は、他ドナーとの協議を計画段階から活発に行い、役割分担や援助協調を行うことを通じ、協力の効率や効果を一層向上させることが必要である。本件評価調査では旧ODA大綱やODA中期政策の内容の実行度を確認したが、評価対象期間中に十分なドナー協調が行われたとは言えなかった。効果的なドナー協調のためには、外務省やJICAが、在外公館や在外事務所を通じて、現地でのセクター作業部会や会議に積極的に参加し、基礎生活分野への日本の取り組みの基本的な考え方、現在進行中の案件、今後の実施予定案件などを十分に説明し、他ドナーからの協力を取り付けることが必要である。
草の根無償資金協力は、中央政府の政策では取り上げにくい、地方の小さな課題に迅速に対処でき、地域住民のニーズに合致していた。地域に根付いた住民レベルのNGOの活動は、中央政府の政権交代にも左右されにくい。近年はボリビアの地方分権化が進行する中で、中央政府主導の中型・大型案件が立ち上げにくい状況になっており、地方レベルの案件に迅速に対処した草の根無償資金協力の貢献は評価できる。ボリビアではNGOが基礎生活分野で活発に草の根レベルの活動を展開しており、今後も継続して同分野で草の根無償資金協力を戦略的に活用することが肝要である。
実施過程に関して
評価対象期間には、ボリビアの政権が交代し、地方分権化が促進されたために、案件の実施過程でのボリビア政府の対応が円滑でない場合も見受けられた。こうした事態に効果的に対処するためには、在ボリビア日本大使館とJICAボリビア事務所が十分に連携することが重要である。
個別案件では各々のプロジェクト目標をほぼ達成したと考えられるが、ロジカル・フレームワークに基づいた事業管理のモニタリングや評価が実施されていない案件がほとんどで、目標の達成度を客観的に測る仕組みが十分ではなかった
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。協力の進捗状況だけではなく、ボリビア政府側の投入や活動の進捗状況を厳格に管理運営するために、PCM(Project Cycle Management)手法に見られるロジカル・フレームワークを活用したモニタリングの体制を強化し、案件実施期間中の案件内容の品質管理を行うべきである。そのためには、無償資金協力事業に見られるように、進捗状況の確認を現地の建設請負業者やコンサルタントに一任するのではなく、在ボリビア日本大使館やJICAボリビア事務所の担当者を交えた、実施中案件のモニタリングを目的とした現地調査を定期的に行うことが望ましい。
結果に関して
聞き取り調査や受益者調査の結果から、日本の基礎生活分野協力はボリビア国民の基礎生活レベルを向上させたと思われる。しかし、他のドナーも様々な協力を同時期に実施しており、またボリビアの統計資料からは十分なデータが入手できなかったことから、日本の貢献度を抽出して明確にすることはできなかった。そもそも本件評価対象案件のうち、計画段階で目的達成度を測定する指標が設定されている案件はほとんどなく、各案件がどの程度プロジェクト目標や上位目標を達成したのか、ボリビア全国レベルの社会指標の改善にどの程度貢献をしたのかを分析するのが、非常に困難だった。今後、協力の成果やインパクトを正確に把握し、質の高いさらに効果・効率性の高い案件に改善していくためにも、モニタリング・評価に活用する目標や成果の達成指標の計画段階で設定することが重要である。成果の発現度を測るために設定する指標は、プロジェクト目標によっても若干異なるが、プロジェクトの受益者を対象として、「3.3.1有効性」で用いた指標を収集することが望ましい。そうできれば、全国レベル、県レベルとの比較、基礎生活分野向上に対する日本の貢献度も定量化できるようになる。
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草の根無償資金協力は、申請者から中間・最終報告がなされるシステムとなっており、ロジカル・フレームワークの作成は義務付けられていない。